大判例

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東京高等裁判所 平成5年(行ケ)160号 判決

愛知県岡崎市矢作町字末広9番地34

原告

高木サツ子

同訴訟代理人弁理士

高須譲

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

同指定代理人

樋口靖志

山川サツキ

中村友之

吉野日出夫

井上元廣

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

(1)  特許庁が平成3年審判第10396号事件について平成5年7月30日にした審決を取り消す。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文同旨

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和62年11月25日名称を「枕詰物用中空粒子」とする考案(以下「本願考案」という。)について、実用新案登録出願(昭和62年実用新案登録願第178400号)をしたところ、平成3年4月3日拒絶査定を受けたので、同年5月22日審判を請求し、平成3年審判第10396号として審理されたが、平成5年7月30日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、同年8月25日原告に送達された。

2  本願考案の要旨

小面積の平行上下平面(2、3)と凸円曲した周側面(4、5、6、7)により囲まれた熱可塑性合成樹脂の薄肉扁平中空粒子(1)の一対の対向側面(4、6)の中央に、それぞれ粒子空腔断面積の1/2~1/5の面積の開口(10、11)を設けたことを特徴とする枕詰物用中空粒子(別紙図面1、第1図ないし第5図参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願考案の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)〈1〉  昭和51年実用新案公開第129516号公報(以下「引用例」という。別紙図面2、第1図ないし第8図参照)には、「対向する両端面の中央に通気孔(2)を有する薄肉中空球(1)からなる、枕の詰めもの」が記載されている。

〈2〉  本願考案と引用例記載の考案とを対比すると、引用例記載の「中空球(1)」、及び「通気孔(2)」は、本願考案の「中空粒子(1)」、及び「開口(10、11)」に、それぞれ相当するから、両者は、「薄肉中空粒子の一対の対向側面の中央に、開口を設けた枕詰物用中空粒子」である点で一致し、以下の(a)、(b)の点で相違している。

(a) 中空粒子が、本願考案では、熱可塑性合成樹脂製であり、その外形が小面積の平行上下平面と凸円曲した周側面に囲まれた扁平な形状であるのに対し、引用例記載のものでは、そのようなものではない点。

(b) 開口の大きさが、本願考案では、粒子空腔断面積の1/2~1/5であるのに対し、引用例記載の考案では、明らかではない点。

〈3〉  そこで、上記相違点について、検討する。

(a) 相違点(a)についてみると、枕詰物用粒子は、曲面体より平面体の方が流動性には欠けるものの安定性が得られるといえるし(昭和61年実用新案公開第72276号公報のマイクロフィルム(「昭和59年実用新案登録願第154800号の願書に添付した明細書及び図面のマイクロフィルム」の誤記と認める。以下「周知例1」という。)参照)、熱可塑性合成樹脂からなる断面がほぼ楕円状の枕詰物用中空粒子は本出願前に周知のものであるから(周知例1、第3図参照)、流動性と安定性とを考慮して、その外形を小面積の平行上下平面と凸円曲した周側面に囲まれた扁平な形状とすることは、当業者にとって、何ら困難なことではない。

(b) 相違点(b)についてみると、開口の大きさを上記のように限定する根拠は、明細書に何ら記載されておらず、格別の技術的意義は認められない。該大きさは、当業者が、強度や通気性を考慮して適宜なし得る程度の設計事項にすぎない。

〈4〉  そして、本願考案がこれらの構成を採用したことによる作用効果も、格別のものがあるとは認められない。

〈5〉  したがって、本願考案は、上記引用例に記載された技術に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものと認められるので、実用新案法3条2項の規定により、実用新案登録を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決の認定判断のうち、本願考案の要旨、引用例の記載内容、本願考案と引用例記載の考案との一致点及び相違点の認定は認めるが、審決は、以下の点で相違点に対する判断を誤り、かつ、本願考案の顕著な作用効果を看過したもので、違法であるから取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(相違点(a)に対する判断の誤り)

相違点(a)について、審決は、枕詰物用粒子は、曲面体より平面体の方が流動性に欠けるものの安定性が得られるし(周知例1参照)、熱可塑性合成樹脂からなる断面がほぼ楕円状の枕詰物用中空粒子は本出願前に周知のものであるから(周知例1、第3図参照)、流動性と安定性とを考慮して本願考案の外形的形状を決定することは、当業者にとって、何ら困難なことではない、と判断した。

しかしながら、この判断は、以下の点で誤っている。

〈1〉 審決は、周知例1に示された枕詰物用粒子は、熱可塑性合成樹脂であるとする。

まず、同公報記載の技術内容は、本出願時周知であるということができないのに、その認定根拠が示されていない。

また、被告が当審において援用する昭和51年実用新案登録願第175732号の願書に添付した明細書及び図面のマイクロフィルムの写し(以下「周知例2」という。)記載の技術内容についても同様である。

また、周知例1の明細書及び図面(別紙図面3、第1図ないし第7図参照)によれば、枕の詰物となる充填部材は、金属または合成樹脂からなり、該充填部材は、充填部材相互の移動を阻止する滑り止め部材を具備したものであり、第1の実施例(第1図、第2図)をみると、外皮袋2内に発泡ウレタンのごとき弾撥性を有するクッション材1を収容し、該クッション材1の上面部に、金属または合成樹脂の充填部材4が収納された枕が示され、該充填部材4は、平行した2個の筒部5、5を滑り止め部として、円筒部5の外径より薄い平板状の連結部6で一体に連結したものであり、この枕は、充填部材収容部内で充填部材4の相互の移動が阻止されて、頭部が下がることがないと説明されている。

この説明からすると、前記の充填部材4は、人の頭部などの荷重負荷の際に、弾性変形を生じない金属または合成樹脂のものと認められる。

しかして、成形用合成樹脂材料において、強度硬度の大なる製品用には熱硬化性合成樹脂を、柔軟な弾性変形可能な製品用には熱可塑性合成樹脂を用いることは、当業界における常識である。

したがって、第3図を参照して、周知例1記載の枕詰物用中空粒子が熱可塑性合成樹脂であると認定したことは、全くの誤りである。

〈2〉 審決は、また、周知例1には、断面がほぼ楕円状の枕詰物用中空粒子が示されていて、これは、周知のものであるとする。

しかしながら、審決が参照する第3図には、短管状体の上部壁を対向する平面状の下壁に向かって凹陥してその両側壁が隆起した扁平粒子が示されているのみであり、これをもって断面がほぼ楕円状の枕詰物用中空粒子と認めることはできない。

以上のように、審決は、周知技術についての誤った認定をもとに、枕詰物用中空粒子の流動性と安定性とを考慮して本願考案の外形的形状を決定することは、当業者にとって、何ら困難なことではない、と判断したのであって、その誤りは明らかである。

仮に、審決のいうようなものが周知であったとしても、周知例2記載の考案は、短管状の長方形貫通空腔を有する断面楕円形の中空粒子であり、周知例1及び2のいずれにもその楕円の短軸方向の対向する外周面を平面とすることについては何ら記載がないから、これを引用例記載の考案に加えて検討してみても、枕詰物用中空粒子の外形を、本願考案のように「小面積の平行上下平面と凸円曲した周側面に囲まれた扁平な形状」とすることが、当業者にとって、何ら困難なことではないと判断することは、誤りである。

(2)  取消事由2(相違点(b)に対する判断の誤り)

相違点(b)について、審決は、開口の大きさの限定根拠が明細書に何ら記載されておらず、格別の技術的意義は認められず、該大きさは、当業者が適宜なし得る程度の設計事項にすぎない、と判断した。

しかしながら、この条件は、熱可塑性合成樹脂製の扁平中空粒子の強度や通気性とともに、その弾性変形性を適当に保持せしめるために、実験的に決定したものである。

すなわち、熱可塑性合成樹脂製中空粒子として、通常採用される寸法条件は、平面方向の寸法が縦、横とも10~20mmの範囲内で、その寸法比が0.9~1.1、厚さが平面方向の短寸法に対する比が0.4~0.6となるような扁平中空体で、上下面に前記縦横寸法の2/3~1/3の縦横寸法の小面積の平面が上下平行に設けられるとともに、周側面は断面が半円弧状をなす凸円曲となる外形を有し、平面部、周側面部の肉厚が0.4~1.0mmであるような中空体であり(本願の全文訂正明細書3頁16行ないし4頁4行)、その対向する周側面部の中央に、中空体空腔断面の1/2~1/5の面積の開口をそれぞれ設けることによって、充分な通気性が得られるとともに、上下平面部の弾性変形性が調節されるのであり、該開口面積を前記範囲外に増減すると、粒子の弾性変形性が過大または過少となり、不適当となるのである。

したがって、開口の大きさについて、本願考案のように限定することが、当業者が適宜なし得る設計事項にすぎないと判断することは、誤りである。

(3)  取消事由3(顕著な作用効果の看過)

引用例には、「枕の中の詰めもの」の材質及び作用効果について記載がなく、その明細書の「考案の詳細な説明」においても、材質について全く説明がなく、その詰物が枕の使用状態下に弾性変形するとの記載はない。

本願考案は、引用例記載の考案とは、形状上の相違と使用材料の相違により、枕に収容した使用状態において、重積安定性、体面適合性とともに、弾性的支持性と荷重変動による弾性変形性及びこれに基づく容積変動による積極的な呼吸喚気作用を有する点で、引用例記載の考案より優れた作用効果を奏するものである。

したがって、審決が、本願考案がこれらの構成を採用したことによる作用効果に、格別のものがあるとは認められないと判断したことは、誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

2(1)  取消事由1(相違点(a)に対する判断の誤り)について

〈1〉 周知例1には、充填部材の材質としては、昆虫類の成虫、幼虫の発生の虞れがないものとして、金属または合成樹脂を選択する旨の記載がなされているにすぎず、さらにその材質を、人の頭部等の荷重負荷の際に弾性変形を生じない金属または合成樹脂製のものとするとの記載はみられない。しかし、本出願前、枕用詰物として使用される合成樹脂の材料として、たとえば発泡合成樹脂(スポンジ)、合成樹脂製管状粒子等の弾性変形可能な材料を選択することは、当業者の技術常識となっており、後者の合成樹脂製管状粒子としては、原告も本願明細書中で自認するように、ポリエチレン等の圧縮弾性変形性のある熱可塑性の合成樹脂にて成形することが常套手段となっていた。

要するに、周知例1記載の考案の第3図のものの材料は、その明細書には、単に合成樹脂製と記載されているのみであるが、本出願前の当業者の技術常識からみて、熱可塑性合成樹脂を想定することは普通のことである。

このことは、周知例2記載の技術内容からも明らかであり、本願明細書及び引用例に係る出願の明細書及び図面に従来技術として記載されているところからも明らかである。

したがって、枕詰物用中空粒子の形状とともに、その材料として熱可塑性合成樹脂を選択することも周知とすることは、正当である。

〈2〉 上記第3図には、断面楕円状の表面の中央部に凹部を形成した枕詰物用中空粒子の形状が記載されている。また、周知例2には、枕に充填する中空状の合成樹脂短片の形状が別紙図面4の第2図、第4図に示され、その実施例の説明として「楕円柱体」、「楕円柱体の長方形中空体」との記載があり、その形状は、断面がほぼ楕円状であるということができる。

これらにより枕詰物用中空粒子の形状として断面がほぼ楕円状のものが、本出願前周知であるということが明らかである。

したがって、審決には、相違点(a)について、判断の誤りはない。

(2)  取消事由2(相違点(b)に対する判断の誤り)について

引用例記載の考案においても、中空の形状により通気性が得られるとともに、前記(1)〈1〉で述べたように、本出願前、枕用詰物として使用される合成樹脂の材料として、たとえば発泡合成樹脂(スポンジ)、合成樹脂製管状粒子等の弾性変形可能な材料を選択することが、技術常識となっており、後者のものの合成樹脂製管状粒子としては、ポリエチレン等の圧縮弾性変形性のある熱可塑性の合成樹脂にて成形することが常套手段となっていた。

このことに照らせば、引用例記載の考案においても、弾性変形性を有することは自明の事項であり、その実施に際し、枕使用における通気性及び弾性強度を考慮して、その通気口の大きさをどの程度にするか、すなわち、開口面積を具体的に数値限定することは、当然の設計事項である。

本願考案における前記数値限定は、上記の実用上適する作用効果を奏するように当然採用される数値範囲を限定したにすぎないということができるから、数値限定に格別の技術的意義がない。

(3)  取消事由3(顕著な作用効果の看過)について

審決は、本願考案と引用例記載の考案が中空粒子の外形において相違することを相違点(a)として認定したうえ、周知例1及びその第3図を示し、本願考案と同一の形状とすることは何ら困難なことではない旨判断したものであり、それにもかかわらず、本願考案と引用例記載の考案との中空粒子の外形の相違に基づく作用効果の差異を論ずるのは、審決の理由から逸脱した議論である。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する(書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。)。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願考案の要旨)、同3(審決の理由の要点)、及び審決の認定判断のうち、引用例の記載内容、本願考案と引用例記載の考案との一致点並びに相違点が審決認定のとおりであることは、当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の審決の取消事由について検討する。

1  本願考案について

甲第2号証の1(平成3年6月20日付手続補正書の全文訂正明細書)、同号証の2(平成1年実用新案出願公開第81967号公報)によれば、本願明細書には、本願考案の目的、構成及び作用効果として、次のとおり記載されていることが認められる。

(1)  本願考案は、就寝用枕の詰物に関する。(全文訂正明細書1頁13行)

(2)  枕は、就寝者の頭部、頸部等の身体面に適合変形して適度の高さで安定支持できるように、外皮袋内に詰物を充填したものが広く用いられており、その詰物としては、そば殼、もみ殻、穀粒、合成樹脂粒、スポンジ、綿塊等があるが、特に、流動性、通気性、衛生等の点で、合成樹脂管状粒子が好ましく用いられている。

枕詰物に用いられる従来の合成樹脂管状粒子は、ポリエチレン等の薄肉チューブを切断して、直径5~8mm、長さ10mm程度の短管状粒子としたものであり、この粒子を多数枕外皮袋内に充填することにより、粒子の流動性、管体による通気性並びに管体の圧縮弾性変形による支持性が得られるが、集積粒子が圧縮荷重を受けた際、各粒子の切断端縁が係合し易く相互の移動が制限されたり、表層粒子の一部が垂直方向となった場合、その端縁が突起状となって身体面に異物感を与え、また粒子自体が直管状で小寸法であるため、圧縮集合状態では、通気性が低下するなど、枕としての充分な性能を維持することが困難であった。(同1頁19行ないし3頁2行)

(3)  本願考案は、上記の直管状の合成樹脂管状粒子の問題点を解決し、適度の流動性と安定支持性、換気通気性を有する熱可塑性合成樹脂製の中空粒子を得ることを目的とし(同1頁14行ないし16行)、その要旨とする構成(同1頁4行ないし9行)を採用したものである。

(4)  本願考案の中空粒子は、その要旨とする構成を採用したことにより、枕詰物として優れた体形面に適合した変形性と安定した弾性的支持性と通気換気性並びに衛生性によって、快適な就寝をなし得る枕を得ることができるという作用効果を奏する。(同8頁16行ないし末行)

2  取消事由1(相違点(a)に対する判断の誤り)について

(1)  原告は、周知例1及び2記載の技術内容は本出願時周知とはいえず、その認定判断の根拠も示されていない、また周知例1記載の枕詰物用中空粒子は、変形しない金属または合成樹脂であって、変形しやすい製品用に用いる熱可塑性合成樹脂であるはずがない旨主張する。

そこで検討するに、甲第4号証(周知例1)によれば、周知例1の明細書には、「外被体に金属又は合成樹脂からなる充填部材を収納し」(2頁16行ないし17行)、「充填部材4は連結片6によって充填部材4相互の移動が阻止されるので、収納部3に頭部が載せられても充填部材4が相互に移動することが防止され頭部が下がることがなく寝心地を良好に保ち得る」(3頁16行ないし20行)と記載されているが、その合成樹脂が熱硬化性合成樹脂であるのか熱可塑性合成樹脂であるのかを明らかにした記載は存しないし、また、頭を枕の上に載せたときに充填部材が頭の重さで流動して片寄らないように充填部材の流動を阻止できること、その結果頭が下がることを防止できること、つまり、充填部材の流動を阻止することによって頭が枕に沈み込むことを防止すると説明されているが、この説明からは、個々の充填部材が弾性を有しないものであると断言することもできない。

しかしながら、乙第1号証(周知例2)によれば、周知例2の明細書には、実用新案登録請求の範囲に「円柱体、楕円柱体あるいはこれらの中空状の合成樹脂短片を一種以上充填したまくら」(1頁5行ないし6行)と記載され、考案の詳細な説明には、「本考案で用いる合成樹脂は熱硬化性樹脂や成形しやすい熱可塑性樹脂が用いられ」(2頁4行ないし5行)と記載されていて、周知例2記載の枕詰物用中空粒子として熱可塑性樹脂が使用されていることが認められ、さらに、甲第3号証の2(昭和50年実用新案登録第47363号の願書添付の明細書及び図面のマイクロフィルムの写し)によれば、引用例に係る出願考案明細書には、「従来、塩化ビニールの小〓パイプを、短く切断した短管を、網袋の中に入れた枕の詰め具があるが」(1頁8行ないし10行)と記載され、塩化ビニールの小径パイプを切断した短管が示されており、前示1(2)認定のとおり、本願明細書においても、「枕詰物に用いられる従来の合成樹脂管状粒子は、ポリエチレンなどの薄肉チューブを切断して、…短管状粒子とした」(2頁8行ないし10行)と記載され、ポリエチレン製の薄肉チューブを切断した短管が示されている。そして、前掲甲第2号証の1によれば、塩化ビニール及びポリエチレンは典型的な熱可塑性樹脂であることは周知の事実である(同明細書3頁13行ないし15行)と認められるから、本出願前に、熱可塑性合成樹脂製の枕詰物用中空粒子がごく一般的に知られていたとすることができる。

なお、前掲乙第1号証、甲第2号証の1、同甲第3号証の2は、審決において熱可塑性合成樹脂製の枕詰物用中空粒子として例示されていないが、前記審決の理由の要点によれば、審決は、相違点(a)を判断するにあたり、熱可塑性合成樹脂からなる枕詰物用中空粒子は本出願前に周知のものである、と認定しているから、そこで例示した周知例1が適切な例示でなかったとしても、その審決取消訴訟において、補充的に新たな資料を提出することは許されることである。また、周知技術は本来当業者にとって当然知っているはずの技術であるから、審決の理由中において、当該技術が周知であることの根拠を示す必要はないのであって、原告の前記主張は理由がない。

したがって、熱可塑性合成樹脂からなる枕詰物用中空粒子は本出願前に周知のものである、とした審決の認定に誤りはない。

(2)  次に、原告は、周知例1の前記第3図には、断面がほぼ楕円状の枕詰物用中空粒子が示され、周知であるとする審決の認定は誤りであり、同図には、短管状体の上部壁を対向する平面状の下壁に向かって凹陥してその両側壁が隆起した扁平粒子が、また、周知例2には、短管状の長方形貫通空腔を有する粒子が示されているのみであり、断面ほぼ楕円形の枕詰物用中空粒子とは到底認めることができず、これを引用例記載の考案に加えても、相違点(a)に係る本願考案の構成を得ることはできない旨主張する。

しかしながら、前掲甲第4号証によれば、周知例1の明細書には、「第3図は本考案の第2の実施例を示すもので、断面楕円状の充填部材7の中央部に凹状の滑り止め部8を形成したものである」(4頁1行ないし3行)と記載されていることが認められるから、第3図のものは、断面がほぼ楕円状の枕詰物用中空粒子であると認めることができ、審決のこの点についての認定を誤りであるということはできない。

さらに、前掲乙第1号証によれば、周知例2記載の考案の明細書には、「第4図は楕円柱体の長方形中空体」(3頁6行ないし7行)と記載され、第4図には枕に充填する合成樹脂短片で断面がほぼ楕円状のものが示されていることが認められる(別紙図面4、第4図参照)。そして、同号証に記載された考案は、本出願の10年以上前の昭和51年の出願に係るものであることを考え合わせると、枕詰物用中空粒子で断面がほぼ楕円状のものは、本出願前、既に周知であったとみるのが相当である。

したがって、審決が、断面がほぼ楕円状の枕詰物用中空粒子は、本出願前、周知であったとした点に誤りはない。

(3)  そして、枕を使用するという面からみると、適度の流動性、安定支持性、通気性が必要であることは、一般的に広く認識されているところであり、前示1(2)認定のとおり、本願明細書においても、「枕詰物に用いられる従来の合成樹脂管状粒子は、…枕外皮袋内に充填することにより、粒子の流動性、管体による通気性並びに管体の圧縮弾性変形による支持性が得られる」(2頁8行ないし13行)と記載され、従来の枕詰物用中空粒子においても、これらの要件が充分でないにしても達成されている旨説明されている。

さらに、前掲甲第4号証によれば、周知例1記載の考案の明細書には、「本考案は…金属又は合成樹脂からなる充填部材に滑り止め部を設けたので、…就寝時に頭部が下がることを防止し得従来の天然充填材を用いたものと同様に寝心地を良好に保ち得るという効果を奏する」(4頁15行ないし5頁1行)と記載され、前掲乙第1号証によっても、周知例2記載の考案の明細書には、「形状が円柱または楕円柱の短片状物であるので、頭を載せたときまくらが頭の当接した形に変形した後においてもその形がくずれ難いものであり、このことと、小さな凹凸が頭に適当な感触を与えることと、通気性が良いので安眠を促すことになり、まくらとして著しく好ましいものである」(2頁9行ないし15行)と記載され、これらを併せて考慮すれば、上記2つの考案の中空充填材の断面がほぼ楕円状の形状も、当然枕の安定支持性、流動性及び通気性を考慮して採用されたものであるということができる。

そうすると、本願考案のように、枕詰物用中空粒子を小面積の平行上下平面と凸円曲した周側面により囲むとする形状、及び、上記2つの考案のように、中空充填材を断面ほぼ楕円状とする形状は、いずれもそれぞれに枕の安定支持性、流動性及び通気性を考慮のうえ採用された形状であるとみることができ、また、枕詰物用粒子としては曲面体より平面体の方が流動性には欠けるものの安定性が得られるということは、技術常識であるといえるから、本願考案のように、枕詰物用中空粒子の流動性と安定性を考慮して、従来周知であった断面ほぼ楕円状の形状に代えて、これを小面積の平行上下平面と凸円曲した周側面により囲まれた扁平な形状とする程度のことは、当業者にとって、格別困難なことであるとは認められない。

(4)  したがって、相違点(a)について、審決に判断の誤りはない。

3  取消事由2(相違点(b)に対する判断の誤り)について

原告は、審決が、相違点(b)について、開口の大きさの限定根拠が明細書に何ら記載されておらず、格別の技術的意義は認められず、該大きさは、当業者が適宜なし得る程度の設計事項にすぎないと判断したことは誤りである旨主張する。

そこで検討するに、前掲甲第2号証の1によれば、本願明細書には、「本考案の中空粒子は…その一対の対向側面の中央にそれぞれ設けられた粒子空腔断面積の1/2~1/5の面積の開口によって充分な通気性が得られるとともに上下平面部の弾性変形性が調節される。開口面積を上記範囲外に増減すると粒子の弾性変形性が過大または過少となり不適当である。」(4頁13行ないし5頁2行)と記載されていることが認められるが、ほかに開口の大きさを上記のように限定することの理由についての記載は存しない。

この記載は、開口面積の大きさと通気性、弾性変形性との間には相関関係があることを示しているが、ここでいう「充分な通気性」及び「弾性変形性の調節」は、いずれも本願考案における前記数値限定との関係でみると、その意味が漠然としているといわざるを得ず、これらの記載は、本願考案が規定する開口面積についての数値と通気性、弾性変形性との関係を具体的に示しているとはいえない。したがって、これらの記載をもって、前記数値限定の根拠が明らかにされていると認めることができない。

ところで、枕詰物用中空粒子の形状を考案するにあたり良好な寝心地を確保するため、その通気性及び弾性変形性を考慮することは、むしろ当然であり、たとえば、周知例2記載の考案における中空状の合成樹脂短片についても、全体の大きさを変えずに中空部を大きく開口すれば、通気性及び弾性変形性が増加するであろうということは、当業者であれば、容易に予想し得るところである。

そうすると、審決が、本願考案における開口の大きさの数値限定につき格別の意義はないとし、その大きさは、当業者が、強度や通気性を考慮して適宜なし得る程度の設計事項にすぎないとした判断に誤りはないというべきである。

したがって、相違点(b)について、審決に判断の誤りはない。

4  取消事由3(顕著な作用効果の看過)について

原告は、本願考案と引用例記載の考案とは、形状及び使用材料の相達により、本願考案の方が優れた作用効果を奏するのに、審決が、本願考案がこれらの構成を採用したことによる作用効果に、格別のものがあるとは認められないと判断したことは、誤りである旨主張する。

たしかに、前示1(4)認定のとおり、本願明細書には、本願考案の中空粒子は、その形状から、通気性が得られ、荷重による弾性変形性を有し、就寝者の頭部等を保持し安定性を有する等の記載があることが認められる。

しかしながら、熱可塑性合成樹脂の枕詰物用中空粒子は、本出願前、周知であったことは、既に説示したとおりであり、また、原告の主張する重積安定性、体面適合性、弾性変形性等は、いずれも枕詰物用中空粒子に要求される一般的な要件であるといえる。

そして、前示3認定のとおり、本願考案において開口面積の大きさの数値限定の根拠が明らかといえないことを考慮すると、本願考案の奏する作用効果は、引用例記載の考案の作用効果と対比して格別のものがあるということはできず、本願考案の構成を採用することにより当業者が予測し得る範囲内のものにすぎない。

したがって、審決のこの点の判断にも、誤りはない。

5  以上のとおり、原告の審決の取消事由の主張は、いずれも理由がなく、審決に原告主張の違法はない。

第3  よって、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 田中信義)

別紙図面1

〈省略〉

別紙図面2

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別紙図面3

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別紙図面4

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